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1/80のホキ400と東武鉄道ホキ300です。

1/80のホキ400と東武鉄道ホキ300です。


1/80の国鉄ホキ400と東武鉄道ホキ300です。

セキ1000形を種車として1957年(昭和32年)から1964年(昭和39年)にかけて105両(ホキ400 - ホキ504)が

国鉄工場にて改造製作された30t積石灰石専用のホッパ車

車体の上半分を全高2,330mmの位置で切断し容積を小さくしました。

その後東武開発株が譲り受けてホキ300となりました。

東武開発株が譲り受けてホキ300は画像で確認された番号のナンバーだけ

製造しました。ホキ301とホキ305を各5台です。


1/80のホキ4200

ホキ4200石灰石輸送用として1959年(昭和34年)から1967年(昭和42年)にかけて日本車輌製造新潟鐵工所富士重工業川崎車輛にて128両(ホキ4200 - ホキ4299、ホキ14200 - ホキ14227)が製作された30t積の私有貨車である。

全長は8,750mm、全高は2,535mm、自重は13.7 - 14.1tで、換算両数は積車4.5、空車1.4であり、台車はベッテンドルフ式のTR41Cである。

車体塗色はで、1968年(昭和43年)10月1日ダイヤ改正では高速化不適格車とされて最高速度65km/hの指定車となり、識別のため記号に「ロ」が追加され「ホキ」となり黄1号の帯を巻いてる。

本形式は奥多摩工業及び麻生セメント(その後三井鉱山に名義変更)が所有した。

奥多摩工業所有車(ホキ4200 - ホキ4299、ホキ14200 - ホキ14209)は奥多摩駅(製造当初は氷川駅という駅名)を常備駅として関東地方で使用された。

人気が高く今回は在庫が後5台です。


1/80のホキ34200

奥多摩工業所有のホキ4200形は運用上人口過密地帯での運行を行っていたが、無蓋ホッパ車で

あるため粉じんの飛散が問題になっていた。

このためホキ4200形式に1976年(昭和51年)11月より1983年(昭和58年)12月にかけてアルミニウム

(後半の改造車は鋼板製)の屋根を設け、その上にアルミニウム合金製の積込口フタ(4枚)を設置する

改造工事を、日本車輛製造及び富士重工業にて行い新形式であるホキ34200形式が生まれた。

奥多摩工業所有車110両(ホキ4200 - ホキ4299、ホキ14200 - ホキ14209)中93両に対して施工された。

模型では17種類の番号を作りました、実際には16両繋いで運用されていた様です。

16両のナンバー違いは後1セット在庫ございます。

それ以外に単品売りがございます


1/80のホキ2000

1963年(昭和38年)に汽車製造東京支店にて2両(ホキ2000, ホキ2001)が製作された。

積載荷重 65t というサイズは、日本のホッパ車の中で最大のものであった。

自重と合わせ約 87t となり、軸重制限を確保するためホキ500形にて採用した3軸台車のTR78を検討した。

しかし重量が過大になることが判明し、TR41に似た専用2軸台車3組を使用した。

本形式の製造目的は重安駅 - 周防富田駅(現在の新南陽駅)間の石灰石輸送用であったが、

奇しくも落成後にはこの計画がなくなってしまった。

このため転用先を探したが、元来が線路規格乙線以上として開発されたため、適合地が見出せず不調に終わった。

積載試験、走行試験実施後は、長期間未使用状態であったと思われる。

荷役方式は、ホッパ上部よりの上入れ、側開き式による取出しであった。

側扉の開閉は、14mを超える全長であるが、妻面に設置されたハンドルにより手動操作にて1箇所で行えた。

車体塗色はで、全長は14,500mm、全幅は2,720mm、全高は2,825mm、換算両数は積車8.5、空車2.2である。

1971年(昭和46年)に、2両共廃車になり形式消滅した。

今回少数生産致しました。

貨車マニアの方にお買い上げいただきました、中には全ナンバーご購入頂きましたかたもございます。


1/80のホキ2000

鉱石輸送用として1960年(昭和35年)3月に浜松工場にて 50t 積のホキ500形3両(ホキ500-ホキ502)が製作された。

1965年(昭和40年)に増備が続けられていたホキ400形が500番台に達するためホキ2900形に改番された。

このため、軸重を抑えるために3軸ボギー台車TR78が採用された。

国鉄貨車で本形式の他に、3軸ボギー台車を使用しているホッパ車はなく、私有貨車を含めてもホキ5500形があるのみである(ホキ2000形は2軸台車3組)。

伯備線井倉駅を常備駅として播但線飾磨港駅との間で石灰石輸送を行った。

車体塗色は当初は一色であったが、1968年(昭和43年)10月1日ダイヤ改正では高速化不適格車とされて、速度指定65km/hの「ロ」車となり、記号は「ホキ」と標記され、識別のため黄色(黄1号)の帯を巻いた。

荷役方式はホッパ上部よりの上入れ、側開き式による取出しであった。側扉の開閉は、14mを超える全長であるが、妻面に設置されたハンドルにより手動操作にて1箇所で行えた。

全長は14,480mm、全幅は2,720mm、全高は2,510mm、換算両数は積車7.5、空車2.4である。

1975年(昭和50年)度に全車(3両)が一斉に廃車となり形式消滅した。

造より15年と短命であったが使いづらかったようである。

当店でも少数生産致しました、台車は日光製を使用しております。


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